2023年 10月 17日
生徒さんの妊娠・お産・子育て体験記⑦
その人はいつの間にやらお腹に来てくれていて、産まれるときも自分の意思で出て来た強い人でした。
3人のうち、
長男のときは、破水からの陣痛促進剤17時間かかってヒーヒー言ってたときに、助産師さんが赤ちゃんと握手。たまたまお産が私だけの日で、「緊急事態だよ、全員集合!!」
と、迅速にことが進んでお産のフルコースをいただきました。無事に生まれてよかったです。
と言うことがあり、次男の時はもう仕事辞めていたので
「クマは妊娠中ずっと冬眠していて春に産むんです。人間もクマも同じ」
という、謎の格言をお医者様から言われたのを信じて?😆?
食べに食べ、寝て17kg増量
無事に何事もなく予定帝王切開で産めました。
が、浮腫んだ体で育児はうまくいかず、乳性炎に17回もなり、発熱とイライラでしんどい育児でしたので、
3人目はまだいいやーと思っていた矢先、気づいたときには8週を過ぎており、びっくりの妊娠でした。
長男の時からお世話になっていた助産師の田中さんに聞いていた自力整体のことを、ふと思い出し、
「行くぞ!!」と、気合を入れて佐和さんのもとへ!
思考停止の私にとっては佐和さんの言葉は針の筵のようでしたが、
身体の力を抜くことがこんなに気持ちいいとは知らない人生でしたので、一気に自力整体にも、佐和さんにもハマっていきました。
帝王切開の前日に最後の自力を予約。佐和さんにお腹を撫でてもらって手術に臨む気でした。
その日は満月。
なんとなーく、予感がして「まさか満月に引っ張られるなんてないよねー」なんて、夫と笑った朝
まだ35週になったばかりで、産まれるなんて思っていなかったので
その日は下痢痛なのに下痢が出なくて、「なんだかなー」と、実家でゴロゴロ。車も普通に運転して、長男が幼稚園から帰宅。
夕方なんかおかしい?と思ってお腹のギュルギュルを紙に書いてみたら5分間隔で来ているではありませんか。
はっはーん。
これは陣痛かもしれないと思ったときには、時すでに遅し。
夫に飛んで帰って来てもらいすぐ病院へ行きますが、お産が進んでどんどん開く子宮口
「うちでは35週無理ですからおっきい病院で頑張ってね〜」と、歩いたら出ちゃうからとゴンドラ方式で救急車にGO
救急隊のお兄さん、
別のカルテ読み上げ始めて
「林じゃありません。田中です」と訂正するも、声を出したら今にも出そう💩
慌てて、カルテぜーんぶ音読されてしまい、
「産まれるまで性別は聞かないの♡」作戦は予想だにしない結末を迎え、この時初めて女の子と知り、トキメク私のハート。
救急車の振動で産まれそう。。。
追いかける張り止めのお薬
なんとか、県病院に着き、追いついた張り止めが効く中で、
帝王切開スタート
懐かしい、陣痛からのお背中ピーん
人生2度目のお産フルコースはじまり、はじまり。
「赤ちゃんでまーす」と言われて
誰も「おめでとう」って言ってくれず、泣きじゃくり→死産だ思った
研修医の先生
「いいですか?」
教授「(首を横に振る)」
→なぜダメなんだと不安になる
そんなこんなで、
娘と会えたのは3日後でした。
NICUにいたのでね。このときから、うちの娘はプリンセス呼称です
麻酔がうまくいかなくて、ゴリラのように曲がった背中でNICUまでの長い廊下を歩きました。
中国で怪しげな風邪(コロナ)が流行りはじめていた年末。
陣痛の中、発熱してしまった私は夫とも会えず、泣く泣く田中さんに電話すぐ飛んできてくれて、あの時ほど不安で不安で不安な夜はありませんでした。
NICUまでゴリラのように歩き、
退院してからも、ゴリラのようにタクシーで乳を運び(なぜ母なのか?代理でダメなの?)
ゴリラのまま、娘の手続きで区役所に行き(産後1週間。ゴリラ維持)
自力整体の整食法のおかげか、
体重は7kg増で終わり
娘も「NICUいらんジャーン」
と言われるくらい落ち着いていて
37週になった日に退院
なかなかゴリラが治らず、
過酷な2週間
でしたが、
娘と分かるや否や三越に飛んでいって女の子と服を買い漁った義理父のおかげで
「おめでたい」終わりを迎えることができました♡
ありがとう自力整体
あなたがいなかったら、このフルコースは乗り越えられなかったことでしょう。
本当に、有り難く、ありがたい体験を超えて、私のこれからの日々を支えてくれています。
田中朋恵
by jiriki-sawa
| 2023-10-17 07:00
| 生徒さんの妊娠・出産・子育て体験記


